今昔木津川物語(018)

西成、浪速歴史のかいわいシリ—ズ(三)

鉄眼寺てつがんじ瑞竜寺ずいりゅうじ)(元町一―一〇)

 瑞竜寺は、黄檗宗おうばくしゅう萬福寺末まんぷくじまつにて薬師如来やくしにょらい本尊ほんぞんとしている。寛文かんぶん十年(一六七〇)難波村なんばむらの信者らが薬師堂に鉄眼和尚をしょうじてその再興さいこうはかり、瑞竜寺としたが、ぞくに鉄眼寺と言われるのは、この鉄眼の再興による。昔は寺域じいきも広大であったが明治維新後いしんごせばめられた。仏殿禅堂ぶつぜんせんどうのほか天王堂てんのうどう祠堂しどう禅悦堂ぜんえつどうなどゆうしたが、戦災せんさいにて天王堂焼失をまぬがれたほかほとんどの建物を焼失、現在の本堂などは戦後の復興ふっこうによるものである。

一切経いっさいきょう出版しゅっぱんに全力を

 鉄眼は一切経という、仏教に関する書籍しょせきを集めた一大叢書そうしょにして、仏教ぶっきょうこころざしある者にとっては宝物としてとうとばれるものが、巻数かんすう幾千いくせんの多きにつきわが国では出版がきわめて困難であることから、この一切経の出版を一代いちだいの事業として成就せいじゅせんととりくんだ。
 広く各地をめぐり資金しきんつのること数年、ようやく出版に着手ちゃくしゅせんとした矢先やさき、大阪に大洪水こうずいが起こった。

人をすくうのが先だ

 鉄眼は惨状さんじょうのあたりにして「我か一切経の出版を思い立ちたるは仏教を盛んにせんが為め、仏教をさかんにせんとするは、ひっきよう人を救わんが為めなり、喜捨きしゃをうけたるの金を一切経の事についやすも、えた人々の救助きゅうじょもちいるもするところは一にして二にあらず、一切経を世に広むることはもとより必要な事なれども人の死を救うはさらに必要なるにあらずや」と、喜捨せる人々にこころざしげて同意どうい、資金をことごとく救助のようてた。
 苦心して集めた出版費はついに一せんも残らなかったが、鉄眼は少しもくっせず、再び募金ぼきん着手ちゃくしゅして数年、宿願しゅくがんたすのも近いと喜んでいるところへ、再び、近畿きんき地方に大飢饉ききんがあり、人々の困苦こんくは前の出水しゅっすい以上のものとなつた。鉄眼は再びけっし、出版の事業を中止して、其の資金をもって力の及ぶ限り人々を救い又もやー銭も残さなかったという。

第三の募金に人々の感動

 二度資金を集めて二度救援に使ってしまった鉄眼だったが、敢然かんぜんとして第三の募金に着手した。すると意外にも、鉄眼の深大しんだいなる慈悲心じひしんと、あくまで初一念しょいちねんをひるがえさない熱心さが感動をよんで、喜んで喜捨するものが続出ぞくしゅつ製版せいはん・印刷も着々と進んだ。
 かくて、天和げんわ元年(一六八一)鉄眼が最初の募金を初めてから十八年後にいたって、一切経六千九百五十六巻の大出版は遂ついに完成したのである。これが世に鉄眼版としょうせられるもので、一切経の広くわが国に行われたのは、この時よりのことである。この版木は今は京都は宇治うじの萬福寺に重要文化財として保存ほぞんされ、現在でも大般若経はんにゃきょう語録類ごろくるいが印刷されているという。以上が鉄眼寺の由緒ゆいしょである。

現代の「洪水・飢饉ききん

 今、天災ではない人災じんさいとしての、自民党政治のとんでもない悪政の結果、かつてない大不況ふきょうがわが国をおおっている中で、特に大阪が深刻な影響えいきょうを受けていることはかくしようもない事実である。
 昨年の大阪市内の自殺者四百人、内西成区内で八十五人ときく。一昨年より倍
加しているという。
 また、大阪市内の野宿生活者約一万人。大阪城公園も長居公園も昔日せきじつかんはなく、その結果、路上で凍死とうしなどで亡くなる人、年間に市内で約三百人。
 以上は封建ほうけん社会のことではない、自民党が常日頃からほこっている「自由社会・日本」で現実に起こっていることの一部なのである。

見直しは福祉・教育の切り捨てとは

 一方、府政では、中ノ島に財界のための超豪華ちょうごうかな、不要不急ふようふきゅうな国際会議場が、横山知事の公約に反して、七百七億円もかけて建てられている。この税金の額は一万人の野宿生活者が五年間野宿でなく最低生活できるだけのがくである。市は「オリンピックの誘致ゆうち」に、うつつをぬかしている。そして府・市共に、予算の見直しはもっぱら福祉・医療・教育に向けられているといるという。まったくの逆立さかだち政治の横行おうこうは目に余る。
 「鉄眼は一生に三度一切経を刊行かんこうせり」のことばの重みをかみしめながら、瑞竜寺からミナミの雑踏ざっとうへ 足を踏み出したらすでに夕刻ゆうこくであった。

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