照る日曇る日(010)

 マルクスは、こんなことを言っている。
「おとなは二度と子どもになることができず、できるとすれば子どもじみた姿になるだけである。とはいえ、子どもの天真爛漫は、おとなを喜ばせる。そしておとなが、今度は自分たち自身で、より高次の段階において子どものもつ素直さを再生産するよう努力しよう!」(経済学批判序説)
 含蓄(がんちく)のある言葉である一方で子ども時代に戻れない寂しさをとみに感じるが、せめて、親や祖父の努めとして、次の世代に何かを残して置きたいとも思う。そんな願いを表す手段の一つに、「母子手帳」がある。
 ふだん何気なく使っているが、それなりの歴史がある。もともとは、戦前のドイツで始められたものを見習い、同時期の日本では、「妊産婦手帳」としてつくられたものだ。当時の日本は、「妊娠中の養生に心がけて立派な子を生み、お国に尽くしましょう。」とするような風潮であった。それが、戦後になり、厚生省(当時)や小児科関係者の努力により、大きく変えられた。写真左は、初代母子手帳の表紙であるが、はて誰のであろうか?(笑)
 現在では、日本の母子手帳をモデルに、東南アジアなどにも広がって、乳幼児死亡率の低下、衛生環境の向上に役立っている。日本でも、発足当時からは、母子手帳も改定を重ねられた。こんにちでは、ワクチンの数や種類も大きく変わり、母子手帳は、接種の日程調整に役立っている。それに加えて、西成民主診療所では、つぎの接種予定を書いたタグシールを手帳に貼り、保護者に重宝がられている。(写真右)
 「デジタル」化した「母子手帳」も、それはそれで便利かもしれないが、自筆で記入した母子手帳で、わが子の成長の足跡を振り返るのは、親としてのかけがえのない楽しみであるだろう。

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