武器としての国際人権
ー世界から見た日本のヒューマンライツー
日時:5月29日(金)18:00~
会場:難波市民学習センター講堂(難波区港町 1-4-1 OCAT ビル4階)
講師:藤田早苗さん 『武器としての国際人権』著者
国際的な人権基準と照らし合わせてみると日本では人権が守られていない…問題の根幹には政府が人権を守っていないことがある…
そもそも、人権ってなに?主張することはわがまま?20年以上にわたり国際人権機関で活躍する藤田さんがわかりやすくお話します。

一人は万人のために、万人は一人のために!
武器としての国際人権
ー世界から見た日本のヒューマンライツー
日時:5月29日(金)18:00~
会場:難波市民学習センター講堂(難波区港町 1-4-1 OCAT ビル4階)
講師:藤田早苗さん 『武器としての国際人権』著者
国際的な人権基準と照らし合わせてみると日本では人権が守られていない…問題の根幹には政府が人権を守っていないことがある…
そもそも、人権ってなに?主張することはわがまま?20年以上にわたり国際人権機関で活躍する藤田さんがわかりやすくお話します。
画像にて、健診予約可能な時間をお確かめいただき、ご予約ください。

日時:2026年5月17日(日) 受付時間 午前9時から11時半
場所:西成民主診療所(大阪市西成区松 2-1-7)
大阪市民で組合員対象ですが、その他の健診も受け付けます。生協未加入の方は、これを機会に、ぜひ医療福祉生協へご加入ください。
健康診断の案内で予約受付のページを用意しましたので、ご要望などもお書きください。


【 日曜健診のご案内 】
毎月第3日曜日9:00~12:00(最終予約枠は11:30です)
・大阪市特定健診をはじめ、組合員の皆さんへすすめている健康づくり健診を行っています。
・健康づくり健診(診療所独自の取り組み 受けるには組合員に加入いただく必要があります。)
大阪市特定健診に加えて採血検査項目数の追加、心電図、胸部レントゲン、大腸がん検診が入ります
【Aコース】上記記載の検査項目が入った基本コース
【Bコース】Aコース+胃がん検診・骨量検査を追加。
【Cコース】A、Bコースの内容に採血検査もより充実し、肺年齢測定、腹部エコー追加。
・平日も健康診断を行っております。月~金の午前中実施しています。夜診(6:00~7:30)は(火)(木)(金)です。
「健診へのお誘い」として、診療所をご利用の方に「電話かけ」を行っています。このホームページでも、随時各種健診への案内を掲載してゆきますので、よろしくお願いします。
【追加】
このホームページでの記事が、AI で、紹介されました。![]()
・がもう健の郷土史エッセー 当サイトへのリンク
・その追加
・連載記事照る日曇る日紹介 当サイトへのリンク
・病児保育「まつぼっくり」 まつぼっくりサイトへのリンク
とき:5月8日(金)午前9時から11時(画像の5月9日は8日に訂正してください)
ところ:こつまの里(西成区松2-1-35)4階
次回は、6月12日(金)午前9時から11時までです。お誘い合わせの上、お越しいただき、美味しいコーヒーを飲みながら、楽しく語らいましょう。
キッズダイニング・テイクアウト(持ち帰り)版
予約制
5月の「キッズダイニングを開催いたします。メニューは子どもに人気のカレーライスです。今回も予約制です。ネット、電話で下記までお気軽にご参加ください。予約教が超過した場合はこちら連絡しますので、連絡がない場合は受付済ですのでご安心ください。
5月18日午後5畤までに申し込みをお願いします!!
とき:5冃20日(水)午後4時半〜7時
ところ:こつまの里4階(西成区松2-1-35)
メニュー:カレーライス(100食限定です)
参加費:子ども(中学生以下)無料・大人300円
申込みの QRコード
↓

利用者さんとチラシて鯉のぼり作成!
◎「非戦ー戦争をしない国の主権者であるために」
戦争の史実に学ぶ連続映画会・第1回「日本鬼子・リーベングイズ」(ピンイン読みで Rìběn Guǐzi )
日時:2026年5月26日午後2時と午後5時半の二部制
場所:こつまの里4階組合員ルーム(西成区松2-1-35)
この連載も、はや1年、実は、密かに狙っていることがある。元理事長のがもう健さんの郷土史エッセーは、府会議員時代の政策ビラから始まり、機関紙「みらい」での、「びっくり史跡巡り」まで、30年、200回以上続いていたが、「がもう健を超えろ!」との気概だけはある(笑)。草稿を、がもう健さんに見せたところ、「着眼点がよろしい」と、お褒めの言葉を頂いた。
そこで、今回は意を強くし、「今昔堺物語」の続編を少々…
千利休に比べて、堺の商人の家で生まれた戦国大名小西行長の足跡はあまり知られていない。社会的弱者の救済にも尽力したとされる痕跡は何も残っていない。屋敷跡の標識も、幹線道路沿いにひっそりと佇んでいるだけである(写真)。作家遠藤周作は「鉄の首枷(くびかせ)」で行長の評伝を書いた。遠藤も現在の堺に嫌悪感を隠さないが、わずかに北旅籠町の商家、旧堺港や南宗寺そばの環濠跡に面影が残っていると言う。
行長は、彼の一族の言わば「打算的」な思惑で、キリスト教の洗礼を受けた。のちに、秀吉の配下に入り、瀬戸内海の島々や、九州肥後半国の領主となる。その間に、熱心なキリシタン大名の高山右近とも昵懇になり、自身の信仰もより確かなものになったようだ。秀吉のキリシタン追放令の際には、高山右近を小豆島にかくまったりもした。やがて、朝鮮侵略である文禄・慶長の役では、その最前線に立たされた。ひいき目にみれば、行長自身は「和戦両面」のスタンスであり、太閤には面従腹背であったが、「和平工作」も秀吉の醜悪な野望の前では潰えざるをえなかった。秀吉子飼いの武将、加藤清正とも、全く反りが合わなかったようだ。
時は流れ、関ヶ原の戦い、行長は、家康に対抗して、石田三成に味方した。その動機は様々に推測されるが、徳川の世では、いずれ「鎖国」となり、彼の夢である異国との自由な交易、交流ができないと思ったのだろうか?何よりも心のうちにあった「首枷=おのれの野心」から解放を願ったが、それが叶うのは、彼の最期のときであったのだ。
大阪きづがわ医療福祉生協機関紙「みらい」
2026年5月号搭載