がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 二十二

◎二十二、長命寺の八百八石段

 滋賀県近江八幡市。
 長命寺バス停で降りると、すぐ目の前が長命寺港である。かっては大津方面から、船によって長命寺への参拝が盛んに行われていたのであろう。
 湖畔の道路を横断して少し進むと、正面に日吉神社があり、その右横が長命寺の参道入口になっている。「八百八段の長い石段を登り切ると長生きできる」と言い伝えがある道だ。今日では、神社の左側から続く自動車道を利用することができる。
 次郎と友子は運良く、空車で降りてきたタクシーを止めて乗せてもらうことができた。二人はお互いに八十歳、「年寄の冷水」にならないよう、そこは考えている。タクシーの運転手さんは「二度目のお勤め」と言う団塊世代の人だった。
 その人日く、お寺の駐車場から本堂までの百段は残してあるため、「達成感は味わえます」とのこと。
 寺伝によれば、長命寺(天台宗)は長命山(三三三メートル)の八合目に建てられ、西国三十三所観音霊場の第一の第三十一番札所として多くの信仰を集めてきた。
 伝承によると、武内宿禰がこの地でヤナギの巨木に「寿命長遠諸願成就」と彫ったが、これを知った聖徳太子がその木で仏像を彫り、これを安置するため長命寺を創建したという。
 参拝をすませて、本堂から眼下の琵琶湖の風景を見ていると、さっき送ってくれたタクシーの運転手さんが百段の石段を上がってきた。
 次郎の定期券が車の外に落ちていたので届けてくれたとのこと。なくした折にも気付いていなかった、うかつな次郎は恐縮するばかりだった。

 次郎が友子に間い掛ける。
 「認知症のきっかけにもなる『生活不活発症』 って知ってる?」
 「最近テレビでも言われだしている、何事にも無精になるということなの?」
 次郎は相槌を打って、突然問題を出した。
 「そうだね。では、その改善策として、すべきことの第一は、心身機能か生活動作か社会参加か、どれでしょう?」 ・
 友子が自信満々に答える。
 「社会参加の改善です。そもそも普通に生活していた人が、急に無精になりだすということは、何か強いストレスかショックがあったはず。そこから立ち直るには社会参加への復帰、それもボランティア活動にね」
 次郎が感心して「さすが友ちやん、正解です」と小さく拍手した。
 「世のため人のために役立つことに参加すれば、その人の寿命は確実に延びるということが科学的にも証明されているそうよ」
 友子は得意げに次郎へ話した。
 次郎が「べつに八百八段に挑戦しなくても…」と笑った。
 「いや、それはそれで楽しみだからやるけど」
 優しい友子はボランティア活動にも熱心だ。
 すっかり疲れた帰り道・
 友子は「認知症のお兄さんの具合はどう?」といつものように次郎に問いかけた.
 「兄は今年で米寿になる。普通のお年寄りにどう戻すかが問題なんだ」
 「記憶力の低下とか判断力や身体能力が低くなるのは、ある意味では仕方がないかもね」
 う一んと悩む次郎を見て、友子は慰めの言葉をかけた。
 しかし、次郎は明るい顔になってこう言った。
 「中心症状に対して『周辺症状』といわれる、突然の怒り・夜間の外出・幻覚・幻想などの常軌を逸した言動をどうなくしていくかが問題なんだけど、うれしい事に最近減少してきているよ」
 友子の表情も明るくなり、「次郎ちゃんの介護の効果ね」と肩をポンと叩いた。
 次郎は嬉しそうに「ありがとう。デイサービスのおかげで息抜きできるし。友ちやんのご協力で私も前向きに生活しているよ」と返事をした。

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