照る日曇る日(016)

 京都にいたころ、地蔵盆は子どもにとって楽しみの一つであった。退屈な数珠回しのあとで出される駄菓子が待ち遠しく、念仏の「なんまいだ」が、甘いせんべいが「何枚だ」と聞こえたものだ(笑)。大阪では、京都ほど盛んではなく、夏の終わりがなんとなく寂しい思いがしていた。大阪も地域で濃淡があるらしく、西成では地蔵盆は、けっこう賑やかだ。コロナ禍以前の話だが、診療所近くのお地蔵さんではこんなこともあり、文章に綴った。
「病児保育のある建物の前身は『富士見』という喫茶店でした。オーナーは独居で、糖尿病で療養中、低血糖発作を何回も起こしましたが、その都度、奇跡の生還!だから「ふじみ」なんだと納得していました。喫茶店の中は昭和30年台にタイムスリップしたような雰囲気で、薄暗い白熱電球が一ツついているだけ、テーブルの横に、鳴らなくなったジュークボックスが一台(造船所があった頃は、仕事帰りの労働者がこのジュークボックスに殺到、笑いが止まらぬほど儲かったそうです。)入れてくれるコーヒーはとびきり濃い味で、ポツリポツリと話す故郷・北海道の事を聞きながら、いつも飲んでいました。いつしか時が経ち、その彼女も「不死身」ではなくなり、形見として喫茶店の土地を医療生協に寄贈するとの遺言の後、静かに世を去りました。法人(当時は西成医療生協)ではその後、彼女の名前を採って「アイぷらん」と名前を付け、事業計画を進めました。(のちに、病児保育室、組合員など各種会議室や、現在は休止中だが、デイケアを開設)喫茶店の敷地内には、お地蔵さんが祀られていましたが、建物が完成した今となっては、それだけは「富士見」を偲ぶ縁(よすが)でしょうか、地蔵盆の季節になると近所の子どもたちが集まってきます。」
 地蔵盆が過ぎると、秋は足早にやってくると昔は言われていたが、今年はどうだろうか?写真は、2010年の地蔵菩薩の飾り付け。

【注】この数年来、地蔵盆の法要は行われておらず、寂しい限りである。いつの日か、また再開されるのを心待ちにしている。

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