がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 三十二

◎三十二、義仲寺(芭蕉の時空を越えた情の寺)  寺伝にはこう記されている。  ―義仲寺は大津市馬場一丁目にあり、旧東海道に沿っている。このあたり古くは粟津ケ原といい、琵琶湖に面し景勝の地であった。朝日 …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 三十一

◎三十一、「法隆寺」聖徳太子は架空の人物?  法隆寺の由来には、こう記されている。  ―用明天皇が自らの病気の平癒を祈って寺と仏像を造ることを誓願されましたが、その実現をみないままに崩御されました。そ …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 三十

◎三十、「ぽっくり往生の寺」吉田(きちでん)寺  JR法隆寺駅より西へ約一・五キロ、次郎と友子は「ぽっくり往生の寺」として有名な吉田寺にやってきた。この寺は初めての参詣だ。  寺の案内にはこう書かれて …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 二十九

◎二十九、興福寺に「廃寺」の過去が  今日の二人は近鉄奈良駅から約五分、興福寺に向かっている。  興福寺は法相宗の大本山で、東大寺と並び奈良を代表する古刹である。  六六九年、京都山科に藤原 …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 二十七

◎二十七、泉涌寺の楊貴妃観音  京都駅からJR奈良線に乗って一つ目の東福寺駅から歩いて約二十分、泉涌寺への参道は総門をくぐると二つに分かれる。左が御陵参道、右が正門の大門前へ通じる。  ここは斉衡三年 …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 二十六

◎二十六、能勢の妙見は波瀾万丈  能勢電鉄妙見口駅からバスで約五分、徒歩で行くと吉川小学校前を通り、十五分で妙見山ケーブル黒川駅に着く。ケーブルカーとリフトを乗り継いで、標高六二ニメートルの妙見山頂に登ると能勢 …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 二十四

◎二十四、万福寺と鉄眼寺  近世中国の寺院の姿が完全なまでに再現されている、異質なまでの雰囲気に包まれた万福寺は、京阪宇治線で行くことができる。  総門と三門の屋根は共に複雑な構成美と觥や宝珠で飾られ …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 二十二

◎二十二、長命寺の八百八石段  滋賀県近江八幡市。  長命寺バス停で降りると、すぐ目の前が長命寺港である。かっては大津方面から、船によって長命寺への参拝が盛んに行われていたのであろう。  湖 …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 二十一

◎ 二十ー、「帯解寺の今昔」  JR桜井線「帯解駅」を出て東側にある道を北に進む。この道は上街道とよばれ、古代から利用されてきた道である。近世には、奈良と吉野方面、また初瀬から伊勢へと通じる参詣道として栄えた。 …

がもう健の〉次郎と友子の「びっくり史跡巡り」日記 新刊本 十九

◎ 十九、「聖護院」山伏姿で托鉢は冬の京の風物詩  京都市左京区、岡崎公園から西へ約十分行くと聖護院がある。本山修験宗の総本山で本尊は不動明王、円珍の法脈につながり十一世紀に増誉が開いた白川房に始まるという。 …